老齢犬の世話

2010年3月23日

 

○老齢とは

僕ってとしより?

人の場合でも何歳から老齢者とするかさまざまな意見があって万人が納得する結論は出ていません。伴侶として飼育される犬においてもその線引きは難しいところですが、内臓や骨格、筋肉、感覚器官などに飼い主さんにもわかる程度の衰えが見られる時期がそれにあたります。それまで苦もなく出入りしていた玄関の段差に躊躇するようになるとか、飼い主さんの帰宅する足音を遠くから聞きわけていたのが玄関を開けて入ってきても気づかずにいるとか、光線の加減により瞳が白っぽくみえる症状(白内障)が出てきたりする時期です。小型犬種で10才前後、大型犬種では8才くらいから、ちなみに猫において12~13才になるとこれらの症状を示しはじめます。もちろん個体によって大きな差異があるのは人と同様です。

○お散歩

もっとゆっくり歩いてよ

老齢の犬でまず思い浮かぶのはゆっくり、よたよたと歩く姿です。心臓や呼吸器の余力はなくなり、筋力は衰えます。安静に休んでいればよいかと思いがちですが、休むばかりでは衰えは進むばかりです。無理なく動物にあわせて調節した運動をしてください。
無理なくゆっくりと、その時の体力にあわせて5分であっても、10分であってもかまいません。続ける事が大事です。

運動能力の衰えだけではなく老齢犬は環境に適応する力も衰えてきます。夏の暑さにも冬の寒さにも弱くなります。暑さの時期には程よい風通しと十分な飲水を、事情が許せばクーラーも緩めに使うとよいでしょう。寒さの時期にはさらに1枚の毛布を床に敷くか、積極的にペット用のヒーターを使う事もいいでしょう。ペット用ヒーターは低温やけどの心配のない適正なものを選んでください。

○食事

若い時みたいにガツガツ食べられなくなってしまったよ

老齢犬は食事の消化吸収能力も低下します。運動量が小さくなる分だけ必要なカロリーも低下します。現在はペットフードの中で各年齢にあわせた組成のものが発売されているので各動物の年齢にあわせて使用するのが良いでしょう。一般的に1回の食事量を少なめにして回数を増やすと消化器の負担を軽くする事ができます。歯周病などで口内の問題を起こしている場合もあり、堅いフードは食べられないという場合は柔らかい食事を与えます。しかし堅いフードも平気で食べるという場合には強いて柔らかい食事に変更する必要はありません。一時的に食欲が減ったという時にはいつもの食事を温めてみると食べ始める時もあります。また、動物が腎臓疾患や肝臓疾患など病気として診断されている場合にはそれぞれの病態にあわせた食事をとるべきでしょう。

○聴覚・視覚の衰え

えっ、いつの間に帰ってきていたの

老齢犬は聴力が衰えます。留守番をしている犬は若いころ遠くから飼い主さんの足音を聞き分けていましたが、聴力が衰えてくると飼い主さんがごく近くに来るまで気づきません。そばに寄ってきた飼い主さんに気づいてホントにビックリしたような表情をします。動物に補聴器はつけられませんが、聴力が衰えている事を飼い主さんが認識しておく事が大事です。後ろから近づいてくる自転車に注意しておくのは飼い主さんの役目です。多くの場合白内障などで視力も低下しています。室内飼育の動物の場合、家具なども歩行時の障害となる事があります。なるべく配置を変えないようにしましょう。同様に食事や飲水の容器もいつもの場所へ置きましょう。戸外への散歩の場合は車止めの柵や側溝など、若い動物なら無意識によけていくものが思わぬ障害になります。ハンドリングをしている飼い主さんが気をつけてあげてください。散歩コースもあまり頻繁に変更しない方が無難なようです。いつものコースをゆっくりと注意して歩くのが原則です。

○トイレの失敗

この辺がトイレだったな、よっこらしょっと

若い頃、排便・排尿はきちんとトイレでできていたのに老齢になると失敗しがちになります。足腰の衰えのためにトイレの容器のへりを乗り越えられないだけかもしれません。その場合はトイレ容器を工夫して、大きくヘリの低いものに変更するなどで対処できるかもしれません。また、トイレ容器の周囲にペットシーツを敷いておくのも良い方法です。トイレからはみ出た汚物の処理が簡単になります。ところかまわずどこでもしてしまう場合は認知症ととらえるべきでしょう。

○認知症

この人誰だっけ、なつかしいにおいがするんだけど

人と同様に犬も認知症になります。でもすべての動物が認知症になるとはかぎりません。加齢による体力、感覚の衰えの段階ではまだ普通の生活ができますが、ここからさらに一段階の加齢がすすむともう普通の生活はできなくなります。トイレのしつけ習慣が欠落してしまい、どこでも排便、排尿をしてしまう。差し迫った要求がないのに、中空をにらんで遠吠えをする、室内の壁際をとめどなくトボトボと歩き続ける。昼はぐっすり寝ているのに、家人が寝静まるとワンワンと吠え続ける。これらは典型的な認知症の症状です。最終的には飼い主さんの事を認識できなくなってしまう事もあります。悲しい事ですね。たいていの場合、失ったしつけ習慣を訓練で回復しようとしても失敗します。認知症は病気としてとらえるべきものですが生活環境の工夫で対処できる事もあります。

その、対処法ですが、延々と続くトボトボ歩きに対しては、すき間や角がない円形の柵(サークルケイジ)をおいてその中を自由に歩かせます。円形ですから果てがなく、動物は気がすむまで歩きつづけ、自身の体力に応じて疲れたらその場で休みます。柵の壁面にすき間や角があると犬はそこに入り込んで後戻りできなくなります。壁面にすき間や角がないことが大事です。

意味のない夜泣きも大変困る事です、多くの場合、飼い主さんがうるさい、というより、近隣への迷惑が気になってしまう事が多いようです。夜間は犬の鳴き声が外に届きにくい奥まった場所に居場所を移すのもいいでしょう。夜泣きの始まった初期であれば、DHA(ドコサヘキサエン酸)やEPA(エイコサペンタエン酸)などのサプリメントもある程度効果があります。

さまざまな対処をしながらも認知症はだんだんすすんでいきます。進行した認知症においてどんな事が起こってきてその中の何が最も困る事か、それぞれの動物とそれぞれの家庭で違ってきます。この場合の対応は容易ではなくまた一様なものではありません。お近くの獣医科病院でのご相談をお願いします。

ひとつ覚えておかなければならないことは、認知症がすすんで飼い主さんを認識しなくなっても、犬は心地よい事は心地よいし不快なものは不快と感じていることです。やさしく接してあげてください。

○おしまいに

長生きできるまで一緒にいられてありがとう

加齢による身体、感覚の衰えや認知症はいうまでもなく老齢になってからおこる変化です。言い換えるならば、さまざまな病気や事故で若い頃に亡くなってしまう動物にはおこりません。加齢による変化や認知症が起こっている動物は長生きの動物です。飼い主さんはご自身のペットが長生きしている事にまずは満足を感じてもいいのです。加齢による変化自体は悲しい事ですが、避ける事はできません。動物は適切な飼育をしてくれた飼い主さんに感謝していると思います「ありがとう」と。

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