回虫という寄生虫は動物に寄生するとその体内では非常に複雑な生活環を営みます。
今回はそのお話をいたします。
犬回虫は白~淡黄色の比較的大きな線虫です。
固有宿主(終宿主)である犬から排出されたばかりの虫卵には感染力はなく、外界で発育しおよそ2~3週間程度で虫卵内に感染幼虫が形成されて、初めて感染可能になります。
外界に排出された虫卵の環境抵抗性は強く、条件によっては何年も感染力を保持したまま生き続けます。犬が再感染を繰り返す原因にもなります。
幼虫形成卵は固有宿主である犬に感染するばかりでなく、非固有宿主である様々な動物(ヒトを含めた哺乳類・鳥類)に感染し、その全身組織で被嚢します。
固有宿主では最終的には小腸に寄生し成虫となって虫卵を排出しますが、そこに至るまでには以下に記すような体内移行型と感染経路をとります。
<気管型移行>
生後2~3ヶ月齢の子犬に経口摂取された犬回虫卵は、小腸で孵化し、
幼虫は腸壁のリンパ管からリンパ節、門脈系の静脈に入り、肝臓へ移行します。
その後、肝臓から後大静脈、心臓を経て肺にたどり着き、ある程度成長した後、
気管支から気管、咽頭を経て再嚥下され、胃に移動します。
胃にしばらく留まった後にようやく小腸へと到達し、成虫となり、感染後4~5週で虫卵を排出するようになります。
<全身型移行>
子犬の月齢が進むと、気管に移行する幼虫数は徐々に減少し、大部分が幼虫のまま大循環に乗り、全身へと移行します。
全身の筋肉や臓器にたどり着いた幼虫は発育を休止し、感染力を保持したまま被嚢します。
一部の幼虫は、そのまま腸管から排出され、他の犬への感染源となることもあります。
<年齢抵抗性>
子犬では虫卵の経口摂取により気管型移行による小腸での成虫感染が成立します。
約6ヶ月齢を過ぎた犬では全身型移行が主体となり、腸管内に成虫の寄生がほとんどみられなくなります。
<胎盤感染>
感染歴のある雌犬が妊娠すると、全身型移行により体内に分布し休眠していた幼虫の一部が再活性化し組織を離れます。
再活性化した幼虫は、妊娠約6週目に胎盤を介し胎子の肝臓へ侵入します。
出生後、幼虫は子犬の肝臓から気管型移行により小腸へ到達し成虫となります。
母犬体内において、休眠中のすべての幼虫が一度に再活性化するのではなく時期を違えますが、これは次の発育機会を待つ生存戦略とも考えられます。
<経乳感染>
妊娠末期や授乳中の雌犬では、再活性化した幼虫は乳汁中に移行し、哺乳期の子犬に感染します。
感染母犬の乳汁は人への感染源にもなるので、子供などが犬や猫の乳汁を舐めないよう注意が必要です。
<待機宿主>
幼虫形成卵を経口摂取した非固有宿主体内では成虫にはなれないため、幼虫は全身の臓器に入り込み、
全身型移行と同様に発育を休止し、感染力を保持したまま被嚢します。
これらの動物を固有宿主(終宿主)であるイヌ科動物が捕食すれば、生活環が再び回り始めます。
【臨床症状】
小腸への成虫寄生により、嘔吐、下痢、発育不良、腹部膨満、貧血、削痩などです。
また、全身型移行で幼虫が侵入した臓器によって、症状が異なります。
虫体の吐出や多数寄生での腸閉塞を起こすこともあります。
【診断】
糞便検査による虫卵検出を行います。
【治療】
有効薬剤を投与することで駆虫することができます。
【予防】
定期的な駆虫が有効です。
また、排出直後の虫卵には感染力がないため、環境中の糞便を放置せず、清掃を頻繁に行うことが大切です。
人の幼虫移行症の原因として、犬回虫に感染したウシ、ニワトリなどの待機宿主に由来する食肉の生食が重要視されます。
ちなみにニワトリでの感染実験では、犬回虫では肝臓に多く幼虫が移行し、
猫回虫では筋肉に多く幼虫が移行すると報告されています。
レバ刺しでは犬回虫、刺身やたたきでは猫回虫に感染する機会が多い可能性があります。
加熱不足の食肉には、寄生虫を含めて様々な食中毒のリスクがあります。
生食にはご注意を!!