動物病院で診療をしていますといろいろな犬がやって来ます。診察台の上で静かに診察させてくれる犬もいれば、飼い主に助けを求めてすぐにその腕の中へ飛び移ろうとする犬もいます。また、診察のため体に触れようとするとウーウーと唸ってこちらを威嚇して歯をむいてくる犬もいます。たいていの場合は飼い主さんの声掛けや制止で診察ができるものですが中には声掛けや制止も利かず飼い主さんも困り果ててしまう場合があります。このような犬は家庭内でも飼い主さんの言う事を聞かずわがまま勝手に行動している事が多いのです。
今回はこんなわがままな犬にしないためのいくつかのヒントを考えてみたいと思います。
○犬の習性を理解しよう
犬はオオカミが人に馴れて分化してきたと考えられています。オオカミは殆んどの場合、群れで生活をします。獲物を狩る時もねぐらで休む時も移動する時も群れで行動します。犬は家庭で飼育される場合、何頭かの群れで飼育される事は少なく、むしろ単独で飼育される場合が多いのですが、この場合は飼育されている家庭を一つの群れと認識しているといわれています。つまり、例えばの話ですが、お父さん、お母さん、お子さん、犬という群れです。
また群れの中での序列が決まっているというのもオオカミの群れの特徴で、これを犬も受け継いでいます。つまり犬の気持ちの上では「群れ」の中すなわち家庭の中でのリーダーは誰で、2番目は誰で、3番目は誰で、というように決まっています。この犬の気持ちの上での序列において犬自身がすべての人間の家族より下の序列であればあまり問題はおこりません。
○望ましい序列順位を維持しよう
家庭内でお父さんがリーダーかお母さんがリーダーかという人間同士の序列はこの際、横に置いておくとして、犬は家庭内の誰よりも下位の序列であるべきです。お父さんの指示にもお母さんの指示にもお子さんの指示にも従うようにしつけられた犬は、コントロールするのに、強い力も大きな声も必要とはしません。とても穏やかで飼いやすい犬になります。もちろん、診察台の上でも安心させるような声かけをする事でスムースに診察が受けられます。
では次に、人がリーダーになるための守るべき習慣やちょっとした練習のいくつかを次に記載します。
○リーダーウォーク
犬の散歩をみていますと、犬にひっぱられながら小走りにその後を追っている飼い主さんをときに見かけます。群れのリーダーは先頭を歩くべきでお散歩の時でも飼い主さんは犬の前を歩くべきです。このことが犬に飼い主さんをリーダーだと認めさせる良い方法になります。はじめからは無理ですから、少し練習が必要です。具体的には犬が飼い主さんより前に出たらすかさず飼い主さんは方向転換をして犬と別の方向へ歩き始めます。犬はその後からついて来ることになります。でもすぐにまた犬はその前へ出ようとしますからその時に方向転換をして別の方向へ進みます。犬が前にでたらすかさず犬と別の方向へ進む、何度も繰り返していくことで犬は飼い主さんをよくみるようになり、飼い主さんについて歩くようになります。
○マズルコントロール
マズルコントロールというのは、犬の口を人の手でつかむ練習です。母犬が子犬をたしなめる時の子犬の口をパクッと母犬が噛みます。これを人の手で行うことで、犬は相手の人に従おうという気持ちになります。具体的には犬の鼻の上の部分と顎の下の部分に親指と人差し指をかけて、犬の口吻全体をつかみます。人差し指と親指を逆にして、鼻の方に親指、顎の下に人差し指(人差し指から小指までそろえてもいいです)、にしてもかまいません。はずれてしまってはだめですが、力は強くなくてかまいません、ちょっとの間でも犬ががまんすることが大切です。せいぜい数秒で、何度かくりかえして練習します。犬と人との位置関係は犬の正面に向き合ってやるより犬の後ろから覆いかぶさるような位置で練習した方がうまくいきます。犬とちょっと触れ合える時間に何度も繰り返し練習すると犬は相手によく従うようになります。
ただ、この練習はすでに気性の荒い成犬にいきなり行うのは危険な場合もありますから自信がない時はプロの訓練士やしつけのインストラクターにご相談ください。
○犬を抱くときは
自分がリーダーになりたい犬は人に抱かれる時、往々にして胸から肩に登ろうとします、場合によっては抱いている人の首筋から頭によじ登ろうとします。これらの動作は犬が抱かれている人よりも上位になりたいという行動と解釈できます。犬は家庭内の誰より下位であるべきですから、こういう行動は避けるべきです。犬を抱くときは腕で支えて胸に抱きます。抱いている人の首や頭が犬より上の位置にあれば犬はその人に従おうとします。
○入口や出口では
リーダーウォークと同じ理屈ですが、基本的に先に動作をする人がリーダーだと犬は感じます。散歩に出て行く時は人から先に家を出ていきましょう。また帰ってきた時は人から先に家に入りましょう。
これらの日常の習慣やちょっとした練習は、飼い主さんのいう事を聞く穏やかな犬に育てるための方法の一部です。せっかく飼いはじめた犬がわがままで手に負えない犬にならないように日ごろから飼い主さんは犬に対して充分な愛情を持って、その上でかつ毅然とした態度で犬と接するようにして下さい。